1. はじめに

2020年7月31日、経済産業省は、第2期コーポレート・ガバナンス・システム研究会の議論等に基づき、「社外取締役の在り方に関する実務指針」を公表しました。

本指針の策定の背景としては、2015年のコーポレートガバナンスコードの施行後、日本企業の社外取締役の人数および取締役会に占めるその割合は急速に増加している中、コーポレートガバナンス改革を「形式」から「実質」へと深化させるために、その中核となる社外取締役がより実質的な役割を果たし、その機能を発揮することが重要であるとしています。

そのため、本指針では、こうした問題意識に基づいて、社外取締役としての役割や心構え、具体的な取り組みについてアンケート調査とインタビューをもとに、現時点でのベストプラクティスを示しています。

2. 本指針の位置づけと構成

本指針は、会社法とコーポレート・ガバナンス・コードの趣旨を踏まえつつ、社外取締役の在り方(役割と具体的な取り組みなど)について実務的な視点から整理されたものです。

なお、社外取締役の役割を考える際に、前提として取締役会の役割の在り方が重要となります。この点に関して、本指針では、コーポレートガバナンスコードおよびコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)における考えを踏襲しており、機関設計の種類を問わず、監督機能の強化を図っていくことが重要であるという前提に基づき整理されています。

出所:経済産業省「社外取締役の在り方に関する実務指針」

本指針は、以下の3章で構成されています。

構成

  1. 社外取締役の 5 つの心得
    • 社外取締役の果たすべき役割やあるべき心構えについて
  2. 社外取締役としての具体的な行動の在り方
    • 社外取締役が役割を果たすための取締役会や関係者との関係の在り方や具体的な行動
  3. 会社側が構築すべきサポート体制・環境
    • 社外取締役が役割を果たすために会社側が構築すべきサポート体制の在り方

以下、それぞれの章について解説していきます。

3. <第一章>社外取締役の 5 つの心得

この章のポイント

社外取締役の果たすべき役割や心構えとして、以下の5つの心得を理解し、努めるべきである。

<心得1>
社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督である。その中核は、経営を担う経営陣(特に社長・CEO)に対する評価と、それに基づく指名・再任や報酬の決定を行うことであり、必要な場合には、社長・CEO の交代を主導することも含まれる。

<心得2>
社外取締役は、社内のしがらみにとらわれない立場で、中長期的で幅広い多様な視点から、市場や産業構造の変化を踏まえた会社の将来を見据え、会社の持続的成長に向けた経営戦略を考えることを心掛けるべきである。

<心得3>
社外取締役は、業務執行から独立した立場から、経営陣(特に社長・CEO)に対して遠慮せずに発言・行動することを心掛けるべきである。

<心得4>
社外取締役は、社長・CEO を含む経営陣と、適度な緊張感・距離感を保ちつつ、コミュニケーションを図り、信頼関係を築くことを心掛けるべきである。

<心得5>
会社と経営陣・支配株主等との利益相反を監督することは、社外取締役の重要な責務である。

ⅰ <心得1>

<心得1>
社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督である。その中核は、経営を担う経営陣(特に社長・CEO)に対する評価と、それに基づく指名・再任や報酬の決定を行うことであり、必要な場合には、社長・CEO の交代を主導することも含まれる。

心得1では、社外取締役の最も重要な役割を「経営の監督」であるとしています。この際、社外取締役には、株主の付託を受け、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図る観点を持つことが特に求められます。

また、経営を第一義に担っているのは、あくまで経営陣(執行)です。社外取締役は、「非業務執行」という立場から、過度に細かい業務執行に立ち入らないように心掛ける必要があります。社外取締役には、経営が今後の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上の観点から適切に行われているかどうかを評価・確認すること、また、必要に応じて軌道修正を行うことが求められています。

このように、「経営の監督」の中核は経営陣(特に社長・CEO)に対する監督です。経営陣に対する監督の肝は、こうした経営陣の取り組みを評価することであり、そうした評価結果が適切に反映させるような報酬の設計を行うこと、加えて、少なくとも年に1回は、現経営者に引き続き経営を委ねるべきかどうかを決定し、必要な場合には経営者の交代を促していくことが求められております。

なお、ここで、社外取締役が行うべき「経営の監督」は、経営陣による業務執行が暴走しないようにブレーキをかけるという「守り」の意味で捉えられがちですが、それだけでなく、会社の持続的な成長を実現するための「攻め」(適切なリスクテイクに対する後押し)の意味も含まれます。そのため、法令順守などのルールやプロセスのチェックだけでなく、成長に向けた様々な取り組みやチャレンジが適切に出来るよう、仕組みを整備したり、経営陣を促すことも社外取締役には期待されています。

平時における経営陣の評価は、取締役会や指名委員会・報酬委員会において、中期経営計画等に掲げた経営目標・KPI やインセンティブ報酬における KPI等を踏まえた業績評価を行うことです。加えて、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上の観点から、経営陣の立案能力や方向性の判断、実行状況やスピード感について評価していくことが重要です。

ⅱ <心得2>

<心得2>
社外取締役は、社内のしがらみにとらわれない立場で、中長期的で幅広い多様な視点から、市場や産業構造の変化を踏まえた会社の将来を見据え、会社の持続的成長に向けた経営戦略を考えることを心掛けるべきである。

心得2では、社外取締役は、社内のしがらみにとらわれない立場で、持続的な成長に向けた経営戦略を考えるべきであるとしています。

会社の経営戦略を検討し、決定する取締役会のメンバーとして、事業に精通した経営陣と、社外の幅広い視点を提供する社外取締役が協働することで、よりよい経営戦略の策定につながると考えられます。

そのため、社外取締役には、社内のしがらみにはとらわれない立場から、市場や産業構造の変化など会社を取り巻く環境の変化などを踏まえ、中長期的な視点に立って、経営戦略の決定に関与することが求められています。

また、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値を向上させるために、社外取締役には、ESG や SDGsの視点を含めたグローバルな経営の潮流も踏まえた視点の提供も期待されます。

ⅲ <心得3>

<心得3>
社外取締役は、業務執行から独立した立場から、経営陣(特に社長・CEO)に対して遠慮せずに発言・行動することを心掛けるべきである。

心得3では、社外取締役は、社内の人が言いにくいことを言うことができる立場にあることから、経営陣(特に社長・CEO)に対して遠慮せず、あえて空気を読まずに忖度のない言動を常に心がけるべきであるとしています。

社外取締役には、「経営陣の監督」、すなわち必要な場合においては社長・CEOの交代を主導することも期待されるため、会社と経営陣からの独立性が特に求められます。経歴や取引関係等の客観的独立性だけでなく、精神的な独立性も保持する必要があります。いつでも会社を辞任できる覚悟や信念が期待されるのです。

そのためには、会社に対して、過度に経済的に依存しすぎないことも重要です。

また、日本企業の社外取締役の就任の典型例として、現在または過去の経営陣からの依頼がきっかけとなるケースが多く存在しますが、こうした経緯で社外取締役に就任した場合であっても、あくまでも独立した立場から経営陣を監督することが役割であることを強く意識することが求められます。

ⅳ <心得4>

<心得4>
社外取締役は、社長・CEO を含む経営陣と、適度な緊張感・距離感を保ちつつ、コミュニケーションを図り、信頼関係を築くことを心掛けるべきである。

心得4では、社外取締役は、「経営の監督」という役割を果たすために、経営陣(執行)と適度な緊張感・距離感を保つことが求められる一方、同時に、実効的な監督を行うために、社内の状況を把握をことが重要であり、そのために経営陣との間で役割を相互に尊重しあう信頼関係を築くことが不可欠であるとしています。

社長・CEO を含む経営陣と、適度な緊張感・距離感を保ちつつ、コミュニケーションを図り、信頼関係を築くためには、「監督者」として一方的に自分の考えを述べるのではなく、経営陣の話をよく聴き、自分の意見に対する反論にも真摯に耳を傾ける謙虚な姿勢が望まれます。

ⅴ <心得5>

<心得5>
会社と経営陣・支配株主等との利益相反を監督することは、社外取締役の重要な責務である。

心得5では、会社と経営陣・支配株主等との利益相反が生じ得る場面において、利害関係者がその判断に関与することは適切ではないため、独立的な立場にある社外取締役が、積極的に関与し、その妥当性を判断することが期待されるとしています。具体的には、以下のようなケースです。

  • MBO(マネジメント・バイアウト)や支配株主による従属会社の買収への対応
  • 支配株主等との取引
  • 敵対的買収への対応(買収防衛策の導入や実行等)
  • 第三者割当増資 等

上記のうち、「MBO(マネジメント・バイアウト)や支配株主による従属会社の買収への対応」については、取締役や支配株主の利益と一般株主の利益との間の利益相反リスクが特に深刻となり得る可能性があるため、これらの交渉の過程に関与し、検討・判断を行うための特別委員会の委員に就任するなど、平時よりも踏み込んだ対応が期待されます。

また、「敵対的買収への対応」や「第三者割当増資」等の場面においても、MBO等に近い利益相反リスクが生じる可能性があるため、これに準ずる対応が社外取締役には求められます。

特に、親子上場などで、支配株主等が存在する企業においては、支配株主等とそれ以外の一般株主との間に利益相反リスクが存在するため、社外取締役は、単にすべての株主に対して中立的な立場ということではなく、支配株主等以外の一般株主の利益を確保する観点から判断・行動することが求められます。